先日、今年いちばんの大仕事がようやく終わりました。
「一般社団法人 千葉県中小企業診断士協会」の第15回定時総会の司会です。
写真を見てもらえばわかるかと思いますが、和装で司会台に立っている私、なかなかビシッと決まってるでしょう。自分で言うのも何ですが。ただ、あの堂々とした佇まいの裏では、とんでもない事態が進行しておりました。

今回はその時の話を、少し書いておこうと思います。同様の後遺症で悩んでいる方(推定で毎年数千人以上)が、少し気が紛れたらいいなと思います。
総会の司会という重圧
私が所属する千葉県中小企業診断士の定時総会は、協会としての最高意思決定の場です。毎年6月に1年の活動を振り返り、翌年の方針を審議していて、会場には独特の緊迫感があります。
セミナーや講演など、人前で話す経験は、それなりに積んできたつもりです。でも、この総会の司会というのは、やっぱり重みが違う。言い間違いの許されない空気というか。台本を何度も読み込んで、本番に臨みました。
前半は順調でした。議事も滞りなく進んで、声の通りもよかった。「このままいける」と思いかけた、まさにそのとき、脳内に余計な声が聞こえてきたのです。
ギラン・バレー症候群と、その奇妙な後遺症
少し説明が必要なので寄り道します。
私は以前、「ギラン・バレー症候群」という難病を患いました。免疫が誤作動を起こして自分の末梢神経を攻撃してしまう病気で、手足の麻痺、しびれ、ひどい場合は呼吸困難や顔面神経麻痺まで現れます。治療とリハビリで日常生活には戻れましたが、末梢神経というのは完全には元に戻らないこともある。

私の場合、残ったのが右半分の顔面麻痺と、「ワニの涙症候群」という後遺症です。
顔面には唾液腺と涙腺、それぞれをコントロールする神経が走っています。ギラン・バレーで神経がダメージを受けて再生されるとき、まれに配線が混線してしまうことがある。私の場合はどうやらそれが起きたらしく、脳が「食べ物を想像した、唾液を出せ」と指令を出すと、その信号が涙腺にも届いてしまう。つまり、おいしそうなものを考えると泣く体質になりました。
悲しくもなんともないのに、です。
司会台で起きたこと
話を総会に戻します。
中盤から終盤にかけて、ちょっとだけ気持ちに余裕が出てきました。会場の時計を見て、ふと思ってしまったんです。
西優そこから先は、完全にアウトでした。
今日のメニューは何だろう、お寿司かな、肉かな、魚も食べたいなと、脳が食事モードに切り替わった瞬間、スイッチが入りました。ワニの涙のスイッチが。気づいたときには、もう目から涙が出ていました。
悲しくない。感動もしていない。ただ、懇親会のことを考えて泣いている。司会者が。総会の壇上で。
最悪なのは、手元に台本があることです。次に読むべき原稿がある。でも涙で視界がにじんで、文字が全く読めない。
「やばい」
アドリブで乗り切る
総会の場で司会者が急に言葉に詰まって泣き出したら、どう見えるか。「プレッシャーで泣き崩れた」か、「議案の可決に感動した」か、どちらかです。まさか「懇親会の料理を考えて泣いています」とは言えません。
そこで、原稿を追うのは諦めました。
これまで頭に入れてきた全体の流れと、長年の現場経験を引っ張り出して、台本なしで進行を続けることにしました。涙をハンカチで拭う仕草も、なるべく「厳かな雰囲気に合わせた所作」に見えるように。声のトーンは変えない。表情も変えない。内心はかなりパニックでしたが。
「それでは、次の議案に移らせていただきます…。」
総会が終わって
結果的に、総会はすべてのプログラムを無事に終了できました。
後で何人かに「おかしいところなかったですか」と聞いてみたら、「スムーズで聞きやすかった」「安定してたよ」と言われました。誰も気づいていなかったようです。よかった、というか、拍子抜けというか。
懇親会では、当然また涙が出そうになりました。でも今回は物理的に食べ始めたので、まあなんとかなりました。






ギラン・バレーの後遺症とは、今後も長い付き合いになります。うまくコントロールする方法はまだよくわかっていないのですが、とりあえず総会の司会中は食事のことを考えないようにするという教訓は得ました。遅すぎますが。
お世話になった協会の皆様、会員の皆様、ありがとうございました。またよろしくお願いいたします。









